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東京高等裁判所 昭和31年(う)2789号 判決 1957年3月07日

控訴人 原審弁護人 安藤国次

被告人 平田四郎こと全命祚

弁護人 平野利 外一名

検察官 大平要 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる銃剣一振(千葉地方裁判所昭和三一年領第九七号の一)はこれを没収する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平野利、同安藤国次各作成名義の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して次のとおり判断する。

平野弁護人の控訴趣意第二点、及び安藤弁護人の控訴趣意第二点について。

原判決は、その判示一の(1) において認定した被告人の所為が脅迫罪を構成するものとして、刑法第二百二十二条第二項を適用しているのであるが、各所論は、いずれも右原判示一の(1) のように、「お前等が嘘つぽ語れば、手前の家のおやじを、一〇日でも二〇日でも豚箱に入れてやる」旨申し向けたとしても、被告人には、他人を豚箱に入れる(留置する)権限がないのであつて、脅迫罪を構成しないものであるから、原判決は、この点について法令の解釈、適用を誤つたものであり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張するにより、案ずるに、刑法第二百二十二条の脅迫罪は、同条に列記してある法益に対して一般に人を畏怖させるに足る害悪を加うべきことを不法に告知することによつて成立する犯罪であるが、その害悪は、告知者みずから直接に加え得るものでなくとも、第三者をして害悪を加えさせることができる場合にも同罪は成立するものであつて、この場合には告知者が何らかの方法をもつて害悪の発生に影響を与え得る立場にあることを相手方に知らせる必要はあるが、しかし、ただ相手方にそう感じさせるように告知すれば足りるのであつて、真実そのような立場にあることや、その害悪の実現が可能であることは、必ずしもこれを要しないものと解すべきところ、これを本件についてみるに、被告人が古物商であつて、みずから直接他人たる原判示浅野中を留置する権限を有しないことは、所論のとおりであるけれども、右被告人といえども、告訴、告発等の手段を用い、捜査官憲の手によつて他人の身柄を拘束させることの可能な場合もあり得ないわけではないのであつて直接他人の身柄を留置する権限を有しない一般人が、日常他人に対して、「豚箱に入れてやる。」というような文言を申し向ける場合にはおおむね前示のような方法により、捜査官憲の手によつて他人の身柄を留置させることを意味するのが普通であるように考えられるから、被告人から原判示のような文言を申し向けられた原判示浅野晟としては、右の文言は、簡単ではあるけれども、あるいは、前示のような手段により、官憲の手によつて同人の父を留置させてやるとの趣旨に解されないこともないし、又、原判決援用の関係証拠に徴するときは、右浅野晟は、当時、被告人が平素出入りの所轄警察署刑事らの歓心を買つていたものと信じていたような状況が窺われる点から考えれば、被告人の申し向けた前示文言をもつて、平素懇意にしている右刑事らの手によつて父中を留置させてやるとの趣旨に受け取れないこともないのであるが、いずれにしても、俗に、「豚箱に入れてやる。」という文言が、他人を留置させてやることを意味し、他人に対してかような文言を申し向けることが、人の身体や自由に対する害悪の告知であつて、その害悪たるや一般に人の畏怖させるに足るものであることが明らかであるから、被告人の原判示一の(1) の所為は、前示浅野晟に対して、同人の親族たる父中の身体や自由等に対し害を加うべきことを告知したものと認めるのが相当であるというべく、刑法第二百二十二条第二項の要件を具備するものといわなければならない。

してみれば、原判決がこれに対して同法条を適用したことは正当であつて、原判決には、この点につき、各所論のような法令の解釈、適用を誤つた違法があるものということはできない。各論旨は、いずれもその理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)

平野弁護人の控訴趣意

第二点原判決は判示一の(1) に付て、判決に影響を及ぼす法令の適用の誤がある。

仮に原判決の判示一の(1) の事実認定が正当であるにしても、浅野晟に対する「お前等が嘘つぽ語れば手前の家のおやじを十日でも二十日でも豚箱に入れてやる」と申向けたことは脅迫罪を構成しない。何故なれば、被告人は一介の古物商であり、他人を豚箱に入れる(留置する)権限のないことは多言を要しない。又第三者をして豚箱に入れさせるとは申向けてなく、又実際上その能力もない。昭和十年六月二十四日大審院判例に於て、「他人ニ害ヲ加フヘキ旨ヲ通知シテ畏怖セシメタル場合ニハ通告者自身加害能力ナシト雖第三者ヲシテ害ヲ加ヘシメ得ヘキトキハ脅迫罪成立ス(大審院判例集第十四巻七二八頁)」とあり、被告人自身に加害能力なく、又第三者をして加害せしめる能力なき本件は脅迫罪の成立しないことが明白であるに拘らず、原審が有罪と解したのは、法令の適用を誤つたもので、原判決は破棄を免れない。

安藤弁護人の控訴趣意

第二点原判決は法令の解釈を誤りたる違法あるものと信ず。

即ち原判決判示の如き脅迫の言を弄したとしても、被告人には形式的にも実質的にも浅野中を豚箱に入れる権能も資格もない事は自明の理である。之が実現の出来るものではないのであります。脅迫行為には行為者自身の行為又は行為者が左右し得る他人を直接又は間接に行為者によつて可能ならしめるものとして通告せられる事を要するのであります。然るに本件は前述の様に被告人自身には実現出来ないものであり、又被告人の左右し得る権能のある者はないのであります。若し仮りに被告人自身が権能のある者迄左右し得らるるとせば、被告人自身が本件の事実に付検挙されなかつた筈であります。即ち原判決一の(1) 及び(2) の事実は更に究明すれば真相が判明し当然破毀無罪を宣告せらるべきが相当であると思料するのであります。(昭和二五年(う)第二八号同年七月三日広島高裁松江支部判決破毀自判・高裁刑集三巻二号二四七頁参照)

(その他の控訴趣意は省略する。)

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